カテゴリー [ 新潮クレストブックス ]
『密会』 ウィリアム・トレヴァー

思えば子どもの頃、世界はもっと単純で分かりやすかった。できることは限られていたのに、なんでもできるような気がしていた。
いつだったろう、白でも黒でもない、グレーゾーンの存在を知ったのは。悲しいのに笑い、嬉しいのに切なくて泣きたくなる。そんな言葉にできない感情をもてあますようになったのは、いつからだったのだろう。
本書には、12の短篇が収められている。どれもとりたてて何かが起こるわけではなく、ほとんど取るに足らないような出来事ばかりである。表題作の「密会」にしても、その甘く危険な香り漂うタイトルとは裏腹に、寸暇の密会を重ねる男女の姿はいたって穏やかなものだ。
ところがウィリアム・トレヴァーの手にかかると、市井の人々の些末な日常が、とたんに意味を持ち始める。大仰な言葉で「人生とはなにか」と説くのではなく、ありふれた情景で人生の奥深さや心の深淵を語る手腕に、思わずため息がもれる。
『千年の祈り』 イーユン・リー

重松清さんの著書に『哀愁的東京』という小説があるが、本書を漢字一文字で現すなら、「哀」だろうな、と思う。
本書に収められた10篇の物語は、どれも切なさが漂う。それは、家族ほど強い結びつきがあろうとも、人と人との間にはお互いを理解し合えない溝があることに、改めて気づかされるからだ。
表題作でもある「千年の祈り」のタイトルには、互いが会って話すには長い年月の深い祈りがある、という意味が込められている。つまり、それほど長く真剣に祈らなければならないぐらい、他者と心を通わせるのは難しいものなのだ。離婚した娘を案じて中国からやって来た父親と、アメリカで自分の生活を営む娘。父親が娘のことを思えば思うほど、皮肉にも親子の距離は開いていく。
「市場の約束」の独身女性は、婚約者と親友に裏切られても、周囲からどんなに噂されても、自分がした約束を頑なに守り続ける。だが、母親でさえも彼女の信念を理解できない。「あまりもの」のおばあさんは、小学生の男の子に恋をし、精一杯の愛情を注ぐが、相手はその気持ちに気づくことすらない。「縁組」の少女が思いを寄せるおじさんの心を占めるのは母親であって、少女ではない。




巨匠とマルガリータ
密会
棒がいっぽん
諸国物語
〈眠り病〉は眠らない
アメリカにいる、きみ
ウェン王子とトラ