ぐらんぼん

乱読・積読・併読の本の虫による書評。

『密会』 ウィリアム・トレヴァー

密会 (Shinchosha CREST BOOKS)
思えば子どもの頃、世界はもっと単純で分かりやすかった。できることは限られていたのに、なんでもできるような気がしていた。
いつだったろう、白でも黒でもない、グレーゾーンの存在を知ったのは。悲しいのに笑い、嬉しいのに切なくて泣きたくなる。そんな言葉にできない感情をもてあますようになったのは、いつからだったのだろう。

本書には、12の短篇が収められている。どれもとりたてて何かが起こるわけではなく、ほとんど取るに足らないような出来事ばかりである。表題作の「密会」にしても、その甘く危険な香り漂うタイトルとは裏腹に、寸暇の密会を重ねる男女の姿はいたって穏やかなものだ。
ところがウィリアム・トレヴァーの手にかかると、市井の人々の些末な日常が、とたんに意味を持ち始める。大仰な言葉で「人生とはなにか」と説くのではなく、ありふれた情景で人生の奥深さや心の深淵を語る手腕に、思わずため息がもれる。

『千年の祈り』 イーユン・リー

★★★☆☆

重松清さんの著書に『哀愁的東京』という小説があるが、本書を漢字一文字で現すなら、「哀」だろうな、と思う。
本書に収められた10篇の物語は、どれも切なさが漂う。それは、家族ほど強い結びつきがあろうとも、人と人との間にはお互いを理解し合えない溝があることに、改めて気づかされるからだ。

表題作でもある「千年の祈り」のタイトルには、互いが会って話すには長い年月の深い祈りがある、という意味が込められている。つまり、それほど長く真剣に祈らなければならないぐらい、他者と心を通わせるのは難しいものなのだ。離婚した娘を案じて中国からやって来た父親と、アメリカで自分の生活を営む娘。父親が娘のことを思えば思うほど、皮肉にも親子の距離は開いていく。
「市場の約束」の独身女性は、婚約者と親友に裏切られても、周囲からどんなに噂されても、自分がした約束を頑なに守り続ける。だが、母親でさえも彼女の信念を理解できない。「あまりもの」のおばあさんは、小学生の男の子に恋をし、精一杯の愛情を注ぐが、相手はその気持ちに気づくことすらない。「縁組」の少女が思いを寄せるおじさんの心を占めるのは母親であって、少女ではない。

『空高く』 チャンネ・リー

空高く
地上にある幸せ ★★★☆☆

主人公は、初老の男性。
家業である造園業を息子に譲り、自身はセスナ機での飛行を楽しむ。空を飛んでいる間は、開放的な気分になるが、地上に戻ると厄介な問題が彼を待ち受ける。
妻を亡くし、長く付き合っていた恋人は彼の元を去っていった。年老いた父はかつての輝きを失い、息子の経営は上手くいかず、娘は病に侵される。
空に飛び立つことで現実逃避していた男が、問題と真正面から向き合うようになり、地上での幸せを見つけていく。家族の崩壊と再生を描いた物語。

『ナターシャ』 デイヴィッド・ベズモーズギス

新潮クレスト・ブックス ナターシャ
★★★★☆

本書は、カナダから移住したロシア系家族を描いた連作短篇集である。
7つの短篇は時系列にそって収められているので、自由を求めてラトヴィアを後にし、慣れない異国の地で苦労しながら暮らしていくユダヤ系の三人家族の様子が、よく分かるようになっている。
一人息子・マークは、最初の短篇「タプカ」では6歳だったのが、最後に収められた「ミニヤン」では青年へと成長を遂げている。

『ある秘密』 フィリップ・グランベール

ある秘密
秘密のもつ意味 ★★★★☆

ひとりっ子で病弱な主人公の少年は、空想の中で兄を作り上げ、孤独を紛らわしていた。
そんなある日、屋根裏部屋で本当に兄が存在していた痕跡を見つけ、疑問に思い始める。両親が隠し続けてきた秘密とは何か。ある家族の秘密と、その背後にあったナチス・ドイツの残虐な行為を、少年の目を通して描いた物語。