カテゴリー [ イギリス文学 ]
『封印の島(上・下)』 ヴィクトリア・ヒスロップ


舞台は、ギリシャ・クレタ島北方沖のスピナロンガ島。
ここは、1903年から約半世紀にわたりハンセン病患者のためのコロニーだった。つまり、他の人に感染しないよう強制的に患者を隔離(という名の排除)していたのだ。こんな非人道的なことが堂々と行われていたというから驚く。もっとも、日本も褒められたものではないが。
本書は史実を踏まえ、ギリシャにおけるハンセン病の歴史と、ある一族の歩みを巧みに織り合わせながら物語を紡いでいく。
プラカ村からスピナロンガ島へ小舟で運ばれる患者たち。それは、けっして戻ることのない片道だけの旅だった。愛する家族や友だち、今までの生活と別れて終の棲家に向かう人たちの心中はいかばかりのものだったろう。
患者は病だけでなく、周囲の偏見とも向き合わなければならない。むしろ、後者の方がやっかいで根が深い。プラカ村とスピナロンガ島は目と鼻の先なのに、人々の心の距離は果てしなく遠いのだ。本書には、根も葉もない噂をきっかけにあわや暴徒が島に上陸しそうになるなど、無知による偏見に曝された患者の姿が描かれる。
『贖罪(上・下)』 イアン・マキューアン


小説の限界と可能性を、同時に提示してみせたような作品である。イアン・マキューアンの作品を読むのは本作が初めてなのだが、傑作の名に恥じぬ小説。今度、彼の他の作品も手に取ってみよう。
主人公は、地方旧家の末娘・ブライオニー。
空想家の13歳の少女は、帰省する兄のために自作の劇を上演しようと張り切っていた。“役者”のいとこたちが思い通りに動いてくれないストレスの中、ある光景を目撃。少女ゆえの無知と空想と潔癖に突き動かされてブライオニーが作ったひとつの物語が、思いもよらぬ事件へと発展し、人々の運命を大きく変えることに。
物語は1935年の出来事を描いた第一部から始まり、第二次大戦時のフランス戦線を描いた第二部、見習い看護婦となったブライオニーの独白で綴る第三部を経て、1999年のロンドンで幕を閉じる。
上巻まるごと費やされる第一部は、主人公のブライオニーはじめ、姉セシーリア、母エミリー、使用人の息子ダニーなど、タリス邸に居合わせたさまざまな人間の視点から描かれていく。時間にすればほんの数日(2日かな)のことなのに、これがじれったいぐらい遅々として進まない。登場人物の意識の流れが巧みに表現されており、いつまでも浸っていたくなるような文章なのだ。ここで時間を取られる読者は、少なくないだろう(多分)。
『リビアの小さな赤い実』 ヒシャーム・マタール


本書は、リビアの特殊な政治体制の下で翻弄される人々や家族の姿を、9歳の少年の視点で描いた作品である。
最近までアメリカが「テロ支援国家」のリストに挙げていた国・リビア。政権に異を唱える者が次々と消えていく様子を、本書では「塩が水にとけるみたいに」と表現していて、ぞっとした。作者の父親も、リビアの秘密警察に拉致・拷問され、いまだその消息が分かっていないという。
自伝的要素の強い本書は、数多くの賞を受賞するなど、欧米で高い評価を受けている。ネットで見ても、海外では絶賛の嵐。
確かに、現在から過去へと思いを向ける美しい書き出しから始まり、リビア・トリポリで過ごした少年のひと夏を情緒豊かに描き出す筆力は、素晴らしいものがある。また、精神不安定な母親を守ろうとする優しさや、徐々に忍び寄る恐怖に押しつぶされ、自分の中の残虐性と向き合っていく主人公の内面も丹念に綴られている。
静謐な文体で人間の内面を深く掘り下げていく作品は、私好みである。しかし、この作品は合わない。
『ウィンザーの陽気な女房たち』 シェイクスピア

騙し騙され

『間違いの喜劇』同様、この作品もドタバタした滑稽物語だ。ここでは、庶民の生活や、たくましさが描かれる。
現代のドタバタ・コメディーと、本質的に変わらないのではないか。人間は、科学技術力はともかく、400年前からたいして進歩していないのかもしれない。
物語は、金目当てで言い寄ってきた酒好き、女好きの男を、二人の人妻たちが上手くもてあそび、やり込めてしまう、というもの。
この男・フォルスタッフは、どうしようもないダメ男なのだが、なぜか憎めない。どことなく、可愛げがあるのだ。もっとも、二人の女が仕掛けた罠にはまって、ほうほうの体で逃げ帰る場面は、笑ってしまうのだけれど。
妻の浮気を心配して慌てふためく夫の様子も、テンポよく描かれる。男たちの狼狽ぶりを尻目に、陽気に振舞う女たち。庶民は強し、中でも女は強し、である。
そんな男たちを上手く騙した女たちも、実は騙されていた、というのが、この作品の面白いところだ。結局全員騙されていた、という仕組み。誰もそのことを根に持たず、陽気に、大円団で幕を閉じる。
最後にフォルスタッフが、「あんた方は俺を射止めようとここで待ち伏せまでしたが、肝心の矢は的をはずれたってわけだ」と言う場面は、全敗していた彼の、精一杯の負け惜しみのようで、微笑ましい。
この作品は、なまりや、言葉の言い間違いなどがあって、読みにくい。が、それら全部含めて作品を楽しむ、ということなのだろう。


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