ぐらんぼん

乱読・積読・併読の本の虫による書評。

『永遠を旅する者 ロストオデッセイ 千年の夢』 重松清

永遠を旅する者 ロストオデッセイ 千年の夢
自慢ではないが、私はゲームに疎い人間である。
退屈を紛らわせるため機内に備え付けのゲームをしていたら、隣の人に「コントローラー、逆さまですよ」と言われるぐらい、致命的に疎いのだ。もちろん、いまどんなゲームが流行っているかなんて知るはずもない。
そんな私でも、RPGが何の略でどんなものかという知識ぐらいは持ちあわせている。それでも、ひとつのゲームを作るために、キャラクターの性格から趣味嗜好、バックボーンに至るまで細かく設定するものだとは知らなかった。

永遠の生を生きる男・カイム。
ゲーム・『ロストオデッセイ』の主人公は、物語の折々で夢を見る。それは、一千年の旅をしてきたカイムが出会ってきた人たちとの記憶だ。本書は、そのいくつもの記憶の断片を描いた物語である。短篇集というより、断片集とでもいった方がしっくりくる。
「一千年を生きることの哀しみが感じられるようなものにしてほしい」との製作者サイドの依頼どおり、物語からは、悠久の時を生きるカイムの哀しみや孤独がひしひしと伝わってくる。ただ、重松さんの作品を読むことが多いからだろうか、年齢不詳のカイムが、40代の中年男性に思えてしまうのだが。
時をさまようタック (児童図書館・文学の部屋)
古の権力者の中には、狂わんばかりに不老不死を求めた者がいたというが、不死の人間を描いた物語は、どれも言いようのない悲壮感がつきまとう。カイムと同じように永遠の生を生きる一家を描いた『時をさまようタック』もそうだ。愛する者はみな、自分より先に死んでいく。「生き続ける」というのは、数え切れないほどの別れを繰り返すことなのだ。

一方で、不死のカイムを描くということは、その裏返しとして、限りある生を生きる人間の姿を映し出すということでもある。突き詰めると本書は(月並みな表現になるが)、命の尊さを描いた作品なのだ。

「ひとは、命に終わりがあるからこそ、今日の無事に感謝して、明日の幸せを祈るんでしょうね」(P.27)


永遠の生よりも強い、一度かぎりの短い生があるんだということを、カイムは深く噛み締めた。(P.218)


己の生きる意味を模索して彷徨うカイムの姿は、そのまま現実の世界で惑う私たちの姿と重ね合わさる。強さとはなにか。幸せとは。生きるとは―。正解などない。ただできるのは、これらを問い続けることだけだ。

ゲームをする
ロスト オデッセイ 特典 特製B2サイズポスター(原画:井上雄彦)付き
ロスト オデッセイ

マイクロソフト
2007-12-06
[ 2008/03/15 ] サ行の作家 | CM(0) | TB(0)
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