『諸国物語』 ポプラ社篇

ポプラ社創業60周年特別企画として刊行された世界文学アンソロジー。出版社の気合と自負が感じられる重厚な一冊である。
ただ豪華なだけに値も張るので、購入に二の足を踏む人は少なくないのではないだろうか。そこで、『諸国物語』のサイトに載っている特色に沿って、本書を紹介してみようと思う。
1.ラインナップ
やはりアンソロジーで一番気になるのは、誰の、どんな作品が収録されているか、ということである。本書には、19世紀〜20世紀前半に活躍した文豪の中・短篇小説が、21篇収められている。奇怪なものから、恋愛、海洋ロマンに至るまで、さまざまなテイストの物語が楽しめる。全体的に、丁寧な心理描写で心あたたまる作品が多い。
それにしても、どこから見つけてきたのかと思うほどの、有名どころを外した選出である。「知られざる傑作」の謳い文句は、伊達じゃない。「白鯨」のメルヴィルは知っていても、「バートルビー」を読んだ人はあまりいないのではないだろうか?全集でしかお目にかかれないような作品や、いまや入手困難のものをこの一冊で読めるのは嬉しい。
とはいえ、いかに傑作といわれても、自分の好みに合わないものもある。つまらなく感じたものほど長い作品なのが辛かった。
2.翻訳
古典文学の新訳ラッシュが続いているが、なにも昔の翻訳が古くなって用済みというわけではない。時代に合わない表現はあるが、翻訳自体、日本語の美しさを堪能できる立派な文学作品なのだ。二葉亭四迷の「片恋」 なんて、いま読んでもうっとりしてしまう。
森鴎外、中村白葉、村岡花子といった翻訳史に残る名訳と、金原瑞人など3つの新訳からなる一冊は、さながら新旧翻訳家の競演といったところだろうか。
3.装丁
化粧箱入りの美しい装丁である。随所に読者への配慮が感じられる中身も、好印象。
だが一方で、約2キロの重量を覚悟しなければならない。文学作品の重みを体感させようとでもいう試みなのか。おそらく分冊しないことにこだわりがあるのだろうが、机に置かず手に持って読む読書スタイルの私には、終始筋トレをしているようなものであった。
4.価格
7千円弱の値段をどう評価するか。金額というものは、ごく個人的なものだと思う。目の飛び出るような高級料理に舌鼓を打つ人がいれば、単行本を諦めて文庫本を買う私がいる。本書は妥当な値段だが、図書館で借りて読むのも手だろう。
トルストイの死生観が如実にあらわれた「三つの死」 、重厚で暗いだけではないドストエフスキーのユーモア溢れる「鰐」(これは講談社文芸文庫でも読める)、壮大なロマンを描いたキプリングの「王になろうとした男」 など、おすすめをひとつに絞れないほど読み応えがあるので、きっとお気に入りの作品が見つかるはずである。
改めてみると、重くて場所を取る本書は、情報を端末に入れて持ち運べる現代に逆行するかのようだ。ただ、私は本書を読みながら、学校の図書室で分厚い世界文学全集を心躍らせながら読んだ日のことを思い出していた。
読書はひとつの娯楽だが、かといってそれだけでもない。なにかもっと崇高で人間の根源にかかわるもののように思う。活字文化の復興が叫ばれているが、中身の薄っぺらなものや人を傷つける悪書は、読めばかえって毒になる。本書がチェーホフの「かけ」 という物語から始まることに、本に対する深い信頼を感じられるのである。
■収録作品一覧は、こちらで見ることができます。
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