『核を売り捌いた男ー死のビジネス帝国を築いたドクター・カーンの真実』 ゴードン・コレーラ

世界を股にかけて核関連物資・技術を売り捌いていた男・アブドゥル・カディール・カーン。
数年前、彼が牛耳っていた核兵器市場の実態が暴かれたとき、その闇の深さに驚くとともに、どうやって一介の科学者が強大な権力をもつに至り、何十年にもわたって自由に活動できたのか、不思議に思った。また、私には悪の手先にしかみえない(“博士”という敬称に違和感を覚える)カーンが、祖国・パキスタンでは「核開発の父」とまで呼ばれ、今でも英雄扱いされていることがどうしても理解できなかった。
カーンは一体何を行ったのか? カーンが世界に与えた影響は?彼の動きが封じられた後もなお残された問題とは?本書は、各国政府や関係者の取材をもとに核の闇市場に迫ったドキュメントである。
本書は二部構成になっており、第一部「台頭」ではカーン・ネットワークの誕生と核の拡散を、第二部「没落」では徐々に迫る米英の諜報機関の捜査網とネットワークの解体を描いている。
冷戦時代、核抑止論という馬鹿げた幻想にとりつかれていた人たちは、のちにカーンという男によってその欺瞞を白日の元に曝されることになるとは、予想だにしなかっただろう。カーンは、グローバル化・ネットワーク化した現代のシステムを巧みに利用しながら、(分かっているだけで)イラン・北朝鮮・リビアと、次々に核を提供していく。彼が非常に優秀なセールスマンではあったことは認めざるを得ない。ただ、扱っている“商品”が問題だが。
はじめは、愛国心や西洋諸国への反発から核関連物資の供給に手を染めるようになったカーン。ところが次第に名誉欲・金銭欲に侵され、パキスタン政府すら手の及ばないところへ活動の場所を広げるようになっていく。
いまだに、カーン・ネットワークがもたらした被害の全貌は解明されていないというから恐ろしい。終章で著者は、カーンを引き継ぐ新たなネットワークの出現を示唆しているが、北朝鮮によるシリアへの核協力でそれも現実のものとなってきた。さらに、カーンが築き上げた市場によって、容易にテロリストの手に核が渡りうる恐怖にも曝されているのだ。
おそらく本書を読んだ人は、カーン・ネットワークの影響力の大きさを思い知る一方で、ある疑問を抱くことになるだろう。
それは、ひと握りの国々が自らは核放棄を拒みながら、他国には核保有を禁じているのはおかしいのではないか、ということである。“正当に”核を保有する国が、カーンを糾弾する権利は果たしてあるのか。いつ軍事目的に転じるか分からない平和利用の核開発制限に、どれほどの意味があるのか。
いわばカーン及びそのネットワークは、矛盾を抱えた核不拡散体制が生んだ必要悪といえる。この問題を改めなければ、第二、第三のカーンが現れるとも限らない。カーンの挑戦状を、世界はどう受けて立つべきなのだろうか。
■原書で読む

Shopping for Bombs: Nuclear Proliferation, Global Insecurity, and the Rise and Fall of the A.q. Khan Network
Gordon Corera
Oxford Univ Pr (T) 2006-09
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