『シチリアを征服したクマ王国の物語』 ディーノ・ブッツァーティ

クマの物語である。
ただのクマではない。シチリアを征服した偉大なクマなのである。
人間に囚われた我が子を救い出すため、そして飢えと寒さから逃れるため、仲間を引き連れ山を下りることを決意したクマの王・レオンツィオ。暴君・シチリア大公率いる軍隊や、人食い鬼、化け猫など、立ちはだかる敵を次々と倒し、ついには一大王国を築き上げる。これは、クマ王国の誕生から終焉に至るまでを描いた物語である。
『神を見た犬』でディーノ・ブッツァーティの虜になった私だが、児童書である本書にもすっかり夢中になってしまった。空飛ぶイノシシあり、幽霊たちのダンスあり、奇天烈な発明あり、なんとも楽しく可笑しな物語なのである。
この作品は、もともと子どものための新聞に連載された物語で、作中の詩をイタリアの子どもたちが口ずさむほど愛されているという。翻訳されてもリズミカルで歌いたくなるような詩なのだから、イタリア語で読めばなおさらだろう。
擬人化された動物像はあまり好きではないが、本書ではそれを逆手にとって人間の愚かさや傲慢さを痛烈に皮肉っているのだから、おもしろい。いわば、寓話だ。陽気で善良なクマたちが、“人間らしく”振る舞うようになって徐々に堕落していくところなんて、妙にリアルで苦笑いしてしまう。
物語は大きく、シチリア征服以前と以後に分かれる。文明国の住人となったクマたちは衣服を身につけ自身を着飾るようになり、外見だけでなく精神にもたっぷり贅肉がついていくのだ。人間もまた、同じではないだろうか。地位や名誉や財産といった身にまとった諸々をすべて脱ぎ捨てて残る内面の強さ。それこそが、人の価値を決めるのだと思う。
本書は、ストーリーのおもしろさはもちろんのこと、随所に散りばめられた美しい挿絵も魅力的だ。なんとこの絵も、ブッツァーティ作。ブッツァーティが、ヨーロッパ各地で個展が開かれるほど画家としての評価も高いということを、初めて知った。
ちなみに、本書は長らく絶版だったものを復刊した一冊である。今回文庫化にともない挿絵は縮小されたものの、色鮮やかなカラー絵は心躍る可愛らしさ。この絵を見るだけでも、本書を買って損はない。
イタリア 天沢退二郎/増山暁子・翻訳
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